日本古代 土器の基礎知識

須恵器貯蔵器の形状と製作技法

焼き物の成形技法

 ここでは須恵器貯蔵器のかたちと製作技法とに焦点を当てて述べていきたいと思います。現代における基本的な器の製作は

手びねり:粘土の塊や粘土紐(粘土をこねて、長細く紐状にしたもの)を適量用意して、それを平たくして底をつくり、そこに粘土を積み上げて形を整える成形技法 

水挽き轆轤ろくろにのせ、回転する力を利用して粘土塊を中心から外側に引き伸ばして土器を成形する技法 

鋳込み(型作り):あらかじめ器の形が完成している石膏の型にドロドロとした土(泥漿でいしょう)を流し込み土器を成形する 

と、3つの主な方法があります。
 現在の陶芸においては、「水挽き」と「鋳込み」といった成形技術が中心で、日常生活でつかっている湯呑みやお茶碗、お皿といった陶器・磁器は、こうして生産されています。

 一方で、須恵器がつくられていた古い時代からはじまって、そして現代でも、甕や壺をはじめとした大型製品は粘土紐を円状につなげ、それらの輪積みを基本として成形します(水挽きが導入される以前は、小型の焼き物にも粘土紐の輪積み成形を基本としていました)。そして回転台にのせ、回転力を利用して器面を整え装飾していきます。以下、簡単に須恵器貯蔵器の形状と製作方法とを概観してみましょう。

大甕底部の形とその不思議

 須恵器の大甕を博物館や資料館で観察すると、あることに気づきます。
 それは、須恵器大甕の胴部から底部にかけて、その形状は倒卵形で、底部は丸底ないしは平底となります。しもぶくれの方が安定するような気もいたしますが、実際完成した須恵器の大甕はおおくは卵をひっくり返した形状です。

 いまでは想像し難いかもしれませんが、底部に関しては須恵器生産がはじまって以降、丸底に成形がなされています。これも不思議な話で、長期間貯蔵するのでしたら、安定度の高い、平底の方が用途として適切な気もします。

 このことに気づいたのか、7世紀末から8世紀頃にかけて愛知県に所在する猿投さなげ窯という窯で平底甕の生産がはじまりました。それを機に、その技術を受容して、平底の貯蔵器を製作する地域も出現したことで、丸底を製作する窯と平底を製作する窯とは併存するようになります。

 しかし、なぜ丸底成形だったのかについては研究者でも議論のあるところです。ある研究者は丸底であれば柄杓で液体をすくった際に余すことなく汲み取れるといった点を重視します。また、ある研究者は、当時、甕を保管していた場所はでこぼこした土間であったため、わずかな段差でも傾いたり倒れてしまう平底は、設置することに不向きであったということが述べられています(独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所2018『第22回 古代官衙・集落研究集会:官衙・集落と大甕』)。実際に、長岡京をはじめ都城の発掘調査では甕を据え付けたとされる穴が検出されており、地面を掘りくぼめ、その部分に丸底の貯蔵器を据えていたことがわかっています。この方が安定性は高かったわけです。

大切な乾燥工程

 大甕の製作技法について、説明をしていきたいと思います。
 大甕胴部の基本的な成形方法は、粘土紐の輪積み成形で、ある一定の高さまで粘土紐の輪積みをおこなって、そこで半乾燥させます。乾燥といった一休みを入れる理由は、その都度、半乾燥をはさまなければ、積み上げた粘土が、みずからの重みでつぶれてしまうためです。適度に水分を抜き、ブロックのように固くしていくことが大切です。

 乾燥が適度な状態になると、また再度その上に粘土紐を輪積みします。こうして、「粘土紐の輪積み→半乾燥」を繰り返すことで、次第に胴部が組みあがってきます。

タタキ技法

 ある程度胴部ができ上ってくると、ある道具を使用して成形します。その道具とは、タタキ板と当て具と呼ばれるもので、甕を製作する上では欠かせない木製の道具となります。

 タタキ板の形状は方形の板に持ち手である柄がついたもので、板の表面には文様が刻まれることが多いです。条線を平行に繰り込んだ板を使用する平行文タタキ、格子状に刻んだ板を使用する格子文タタキが基本的な文様構成で、中には木の柾目に対して垂直方向の平行文を刻んだ板を使用した擬格子ぎこうしもんタタキ(経年劣化によって木の木目が浮き出ることにより、偶発的に格子状となったもの)があります。古くは無文の板や、板に縄を巻いたものを使用した縄蓆じょうせきもんタタキと呼ばれるものも認められました。稀有な例では、朝鮮半島南部に由来する鳥の足形をスタンプするように施す、鳥足文ちょうそくもんタタキと呼ばれるものもあります。
 こうしたタタキ板は、須恵器の外表面に押し当てて使用されました。

 一方、内面に用いる道具は、当て具と呼ばれます。当て具は、ドーム状に形作った部分に持ち手である柄がついたもので、キノコのような形状をしています。須恵器生産がはじまった当初は文様を刻みませんでした。しかしながら、当て具を頻繁に使用すると経年劣化に伴って次第に木の年輪が同心円状に浮き出てくるようになります。そして5世紀末〜6世紀初頭以降は意図的に同心円状に文様を刻むようになります。なお、例外もありまして、愛知県の猿投窯は当て具に文様を刻まないようです。

 いま、説明した2つの道具は、内面に当て具を押しあてて、そこに外から叩き締めるタタキ板をもちいて器の器壁を挟むようにして使用します。つまり、内側に当て具を据え置いた部分に外側からタタキ板で叩くわけです。

 なぜこのようにして叩くのかというと、器面を整え、胎土の中に入っている空気を抜くためです。粘土紐で輪積みを行った場合、粘土紐と粘土紐との境目には横方向の粘土紐の接合痕が残ってしまいます。この接合痕を消すために、その境目に沿ってまずは指ナデをします。指ナデによって接合痕は消えますが、いかんせん器面がでこぼこしてしまうわけです。そこで上述した2つの道具を使用して器面を綺麗に整えることができます。

 また粘土紐で輪積みをしていくと、どうしても粘土紐と粘土紐との間に空気がはいってしまうこともあり、そもそも胎土の中に気泡がまじってしまうことがあります。胎土の中に空気がのこっている状態で土器を焼くと、器壁中の空気が膨張し、逃げ道がなくなってしまうために、爆ぜてしまいことになり、あるいは欠けや亀裂の原因となります。こうしたことを防ぐために、当て具とタタキ板を用いて挟みながら器面を叩き、空気を抜く必要があるのです。大きな製品ほど歪んだり亀裂が入ったりするので、土器製作をする上でこのタタキ板と当て具を使用することは非常に重要な作業となります。

底部のつくりかた

 続いて底部の製作方法についてみていきましょう。じつは、この底部の成形にかんしては研究者によって、復元が異なることがしばしばあります。 

 例えば、大型の甕であれば、粘土紐の輪積み成形によって底部まで先に製作してしまい、のちに上下を逆転させて肩部を製作し口縁部を後付けする方法や、そもそも底部を別個体で製作しておいて、完成した胴部と接合する方法などが推測されています(郭鐘喆1987「韓国慶尚道地域出土の陶質大形甕の成形をめぐって–底部丸底化工程を中心に–」『東アジアの考古と歴史』)。

 底まで手の届くような、小型や中型の甕であれば、胸に土器を抱えながら柄の長い当て具を用いて、底部を押し出したり突き出したりして丸底を成形することが可能です。底部付近に押し当てられた当て具の痕跡をよく観察すると、胴部内面の当て具痕跡とは異なる文様が認められ、あわせて器壁を外側へ押し出したような痕跡も認められることは、こうした観察による製作工程の復元を傍証します。また、最初期の須恵器甕には底部を閉じるために粘土を絞った痕跡が残るものがあります。

 こうした胴部と底部の内外面には、タタキ板で叩いた痕跡と当て具の同心円痕跡とが残ります。中には、外面において叩いた後からカキ目や沈線を巡らせるものもあり、また胴部に波状文を巡らせる個体も存在しています。

大甕生産の仕上げ―口縁部の製作―

 最期に一番目立つ部位である口縁部についてみていきましょう。
 古墳時代の貯蔵器は、頸部から口縁端部こうえんたんぶにかけて外反する形状が一般的ですが、中には頸部から口縁部にかけて垂直に立ち上がる直口ちょっこう壺と呼ばれるものもあります。

 口縁端部は、時代によって、または生産された地域によって形状が異なり、この口縁端部形状の検討をもとに、甕が製作された時期や生産窯の場所を特定することが可能です。頸部の外面には、波状文や櫛歯列点文くしばれってんもん、櫛描文と呼ばれる文様が施されます(無文の個体も多くあります)。須恵器生産を開始した初源期の甕の文様は、コンパス文や鋸歯文きよしもんといった韓半島南部に通ずる文様が施されましたが、須恵器が次第に在地化するに伴ってそれらの文様は廃れていきます。

 頸部から口縁部にかけての成形方法は、胴部と同じでして、粘土紐の輪積み成形です。ただし、頸部そのものは別個体として成形して、すでにできあがった胴部と接合することによって完成させます。頸部自体も先述したようなタタキ板と当て具を用いて、器面を調整し胎土内の空気を抜いていきます。その後、改めて内外面全体を丁寧なナデで調整するため、胴部や底部とは異なり叩いた痕跡や当て具の痕跡が残ることはほとんどありません。その後、外面には波状文をはじめとした文様を巡らし、装飾を施すのです。

成形技法にみる窯元の差異

 これまで紹介してきた頸部の文様や叩いた痕跡、形状などは、貯蔵器を製作する上での技法や地域色を私たちに教えてくれます。
 例えば、口縁端部を上方につまみ上げる際の指の向きはどの方向からか、であるとか、波状文や櫛歯列点文の痕跡から文様を施す際に使用した道具はどのような形状かを想定したりなど、観察の着眼点は多岐に渡ります。

 口縁端部の形状や当て具の痕跡、頸部に施される文様の考察では、特定の地域のみで生産されている特徴(地域色)を明らかにすることで、各地域の遺跡から出土する貯蔵器の産地同定の手がかりとします。このように須恵器の貯蔵器は器が大きい分、他の器種よりもたくさんの情報を内包しており、わたしたちにたくさんの情報を伝えてくれます。

文責:高島悠希