日本古代 土器の基礎知識

須恵器研究者たちの挑戦

 最後に、陶邑編年は盤石なのであろうか、といった素朴な疑問も記しておきたいと思います。
 田辺さんが構築した陶邑編年は『陶邑古窯址群Ⅰ』(田辺1966)を見る限り、当時の時代背景を踏まえると5世紀に主眼があるように思えます。これに6世紀の古墳出土資料によって主に構築された横山さんの編年を組み合わせることで、畿内の古墳時代須恵器編年が確立しました。

 しかし、古墳出土資料(消費地)から窯跡出土資料(生産地)が編年の指標として重視されるようになる、編年研究の流れの中で、『陶邑古窯址群』ⅠでしるされたMT15窯、TK10窯、TK43窯、TK209窯、TK217窯出土資料は6~7世紀の遺跡で時期を比定するために使用される型式として重視されます。そして、田辺さん自身が認めるようにTK10型式期とTK43型式期にはあいだをつなぐ資料群が存在する可能性が高いこと(のちにMT85窯の資料があてられます)、TK43窯には資料数が乏しいこと、TK209とTK217の空白、TK217窯には一括性に疑問があることなど、のちに刊行される『須恵器大成』(田辺1981)を経ても課題となっています。

 その後、登場した中村浩さんの須恵器編年が須恵器編年の方法論の問題に焦点をあてます。床式編年で知られる中村編年に対して、方法論を追検証できない、Ⅲ型式(杯G単独期)の設定などといったことに対する批判がありますが、今から考えると、田辺編年の個別課題を曖昧にしてしまったように私には思えます。

 依然として田辺さんが構築した陶邑編年が今日も古墳時代研究の中で使用されるなかで、その個別課題は須恵器編年研究の今日的課題といえます。

 課題解決のためには、同時期の複数の窯資料を一時期として整理する佐藤隆さんの研究(佐藤2007)、陶邑窯和泉地区を中心とした白石耕治さんの型式研究(白石2000など)が異なる方法論ですが、指針となるかもしれません。また、近年では、陶邑窯内の地域差に注目する岩越陽平さんの研究(岩越2026など)や千里窯と比較する我妻佑哉さんの研究(我妻2024)が重要な成果です。私自身は、横山さんの古墳資料の編年研究に戻って考えるのも無駄ではないと思いますが、どうでしょうか。

文責:中里信之

 本内容は、猿投窯の須恵器編年について詳しく述べたものです。他の内容と比べると難しい側面があると思います。しかしながら、陶邑窯跡群と比較して、東海の須恵器編年については大学の図書館でも配架されていない図書や雑誌、発掘調査報告書などを集めなければ、理解が難しいところです。また、各論文などは学術データベースとして公開されているわけではありません。したがって、ウェブ上で閲覧することも難しいところです。
 そこで全体的な流れをつかみやすいように、やや専門的な内容も含めて、まとめることにしました。引用・参考文献は以下の通りです。

文責:中久保辰夫